April 9th, 2009

陶冶斎拝命記念 十代 大樋長左衛門展

column

陶冶斎拝命記念 十代大樋長左衛門展レセプションで挨拶する十代大樋陶冶斎、長左衛門
個展会場前で握手する両親

 

平成15年に裏千家今日庵にて鵬雲斎大宗匠から父は陶冶斎という斎号を拝命した。
昭和62年、長左衛門を襲名した際には当時の15代鵬雲斎家元から茶名・宗年も拝受しているので陶冶斎宗年ということになる。
そして私は16代坐忘斎家元から宗炎という陶芸家にとって誠に有難い茶名を拝受したばかりでもある。

 

裏千家歴代家元が歴代大樋長左衛門に歴史上の恩恵だけではなく、深い理解と茶陶の在り方を指し示してくれてきたことで今の大樋焼が、
そして我家が存在していることに深く感謝しなければならない。
今一度、歴史を振り返ってみようと思う。

 

江戸時代に前田家の命によって始った裏千家始祖・仙叟宗室と初代長左衛門。
幕末まで加賀藩の保護によって保たれてきた6代長左衛門までの大樋焼は安泰でもあった。
しかし、明治時代になると藩の保護が絶たれ7代長左衛門はわずかに作品を残しただけで家督を放棄してしまった。
確かに茶道のみならず工芸も難局な時代であったが7代の高弟であった奈良理吉が家督を総て譲り受けて8代長左衛門を襲名した。
その人物が私の曾祖父でもある。
裏千家13代円能斎家元よりの多大な後見によって以玄斎宗春を拝命、
また大徳寺松雲老師より松涛の号も受けている。
祖父である9代長左衛門は14代淡々斎家元、15代鵬雲斎家元より薫陶を受けて陶土斎という斎号を拝命して父に至る。
また私の弟である奈良宗久は裏千家業躰部講師を務めている。
これが我家の歴史であり大樋焼の歴史でもある。

 

父は個展を前にしたインタビューで名言を残した。
陶冶斎襲名は「最後のスタートである」確かに今年82歳を迎えるのだが、衰える事のない創作意欲を持ち合わせている。

 

4月9日17:30
金沢大和において陶冶斎拝命記念 十代大樋長左衛門展レセプションが開かれた。
杉本副知事、山出金沢市長、温井北國新聞社常務からご挨拶を頂き盛大に個展が始まった。
人に守られている父はとても幸せな時間を過ごしていると思う。
以下に個展によせた挨拶文を添付します

 

私が八十歳を迎えた時、誓ったことがある
「伝統を更に深く」「現代を更に未来的に」
人も作品も問われるのが作家なら
人生を振り返る必要もあるような気がする。

 

石川県立工業高校、東京美術学校(現東京藝術大学)
現代美術展、日本現代工芸美術展、日展
懸命に生きてきた。
学生時代からの仲間の多くは旅経ってしまった。
老いていくことは止められないが
世の中にはまだまだ多くの先輩芸術家が活躍している
どれだけ与えられる時間なのか、私には解らない

 

伝統、現代と両輪で生きてきた私に
総てに極めた作品を創りだす命(めい)として
鵬雲斎大宗匠様から「陶冶斎」という斎号を賜った

 

金沢・前田家によって見いだされた大樋焼
十代長左衛門としての集大成を示す命(めい)として
十八代前田利祐様から「大樋」といいう印を拝領した

 

感謝の証として、その命(めい)に邁進するためにも
昔を再考し、「自然才気之一体」
そのような心境でいれることも
鵬雲斎大宗匠様、前田利祐様、
神仏のご加護と亡き両親のお陰と感謝している。
後世に残る作品を更に残していきたい。

 

この記念展に御配慮を賜った大和様、そして関係各位の皆様
御礼を申し上げるとともに、何卒ご高覧を賜りますようお願い申し上げます。

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